投稿した人:谷本憲司/神戸 on November 26, 2002 at 22:41:01:
【木枯らし1号が吹いた。】
年賀状について、もう準備に取り掛かった。私にすれば例年に比べて早い。動機は同窓の女性からご主人と連名での喪中欠礼状が11月初めに届いたからである。胸の痛いことにご子息の訃報だった。子どもに先立たれた親の感情を推察するに、服喪の気持ちに年賀状がそぐわないのだろう。郵便局では11月になると年賀状を売り出す。それで、このご夫婦は年賀状を受け取りたくない気持ちで、早々と喪中欠礼状を出したのかもしれない。なかなかに人の気持ちを理解することは容易でない。
年賀状について一昔前、虚礼廃止という運動もあったが、企業の儀礼的な年賀状もあって郵便局ではアルバイトも総動員して配達をこなすのは例年の風物詩である。年賀状の早めの投函についてもキャンペーンにおおわらわだ。
私の年賀状はワープロ作成やパソコン作成なのだが、それなりに手間なものだ。その時々の感想を小書きにするのがそのスタイルである。毛筆書きでないと心がこもってないなどと考える向きもいるけれども、じっさいはワープロやパソコンが自動印刷してくれるわけはなく、やはり人手はかかる。毛筆であったとしても代筆なら、差出人ご本人の手間はどれほどのものなのか。こんなことは議論してもきりがない。
私の年賀状を評して「宣伝みたいなヤツ」と的外れをほざいた御仁もいた。うかつ者もいいところで、まったくもって話にならない。ろくに読んでもいないのである。その翌年からこの御仁には年賀状をあげるのは止めた。なかなか他人に自分の気持ちを理解してもらうことも容易ではない。






